最近はまってる情緒的ゲーム

最近気に入っている1人用のゲームがある。
Black Piggy Bank Gamesさんの「目に視えるものだけが世界の全て」で、自分がいる地点から見えるものの名前をクロスワードパズルに埋めていくものだ。
点数としては、文字の重なりがあればボーナスがもらえ(e.g. 横に「りんご」と記入し、縦に「ごりら」と書けば「り」が重なり文字となる。これらが目に入る地点ということは動物園かジャングルのどちらかでこのゲームをしていることになるけれど)、その重なり文字が斜めに隣接するとさらに得点が高い、といった具合に高得点を狙える仕組みにはなっているけれど、このゲームの目的はおそらくそこではない。

はじめに自宅で遊んでみた。いつもみている世界が、そのままゲームのヒントになっていて「ゲームと現実世界の融合」感がとても心地よいプレイ感。
キッチン側を見る形で座っていたので、キッチングッズが自ずと多くなったけど同じ観測地点からでも見る向きが違えば、埋まる文字も変わってくると感じた。

こういうのを「ゲームポエム」というのだと知り、世界が広がった。

あまり検索しても出てこないのだが、TRPGの一種としてまるで詩を紡ぐかのようなロールプレイングゲームという意味で「ゲームポエム」を遊んでいる人たちがいるのを見つけた。
ゲームポエム アーカイブス

「目に視えるだけが世界の全て」の良いところは、ロールプレイングが苦手な私も楽しめる情緒的ゲームだということと、どうしてもゲーム的要素が薄まりがちなこれ系のゲームだけど、パズル要素があってしっかり点数を狙って遊ぶこともできるという点だ。

製作者のデザイナーズノートもおもしろかったので読んでほしい。

こういうゲームがもっとないだろうか。英語なら出てくるだろうとgame poem, game poetryで探したけど、ゲームで遊びながら詩が書ける、お話が書ける系のものしか出てこなかった。そういうのも好きだけど、プレイ感が詩的なものを求めているので少し違う。

このゲームは、旅先やいろいろな場所で今いる世界を見つめ直すのにとても良さそうだと思ったので、河原に行って遊んでみた。

「うーん、ちょうどいい言葉が見つからない」と悩んでいると、アリがチョロチョロと足元を通る。「あ、あり!」ありというワードがうまく入りそうな場所を探す。
鳥がビュンッと目の前を通る、ランニングしている人がいる、次々と起こるイベントごとが全ていいヒントにならないか目や耳を凝らす。

今回は空きマスが多く、点数がマイナスになってしまった。このゲームの終了条件は「あなたがこのゲームに飽きたか、全てのマスが埋まった時」なので、今回は寒いし飽きてしまったので適度なところで終わりにした。15分くらい川と向き合っていたようだ。

動詞は入れても良いのか、目の前を流れるのは「かわ」なのか「たまがわ」なのか「かわしも」はOKなのか、「リンドウ」と入れたが名前が実際は違ったらルール違反になるのか、「とり」を入れた上で「カラス」も入れていいのか、ゲームのルールとして確認したいところはいろいろあったけれど、そういうことは気にせず、目に視えるものだけに集中してまた遊んでみようと思う。


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